
こんにちは。ベトナムオフショア開発協会、理事の井上です。
ベトナムでのオフショア開発が当たり前となった今、プロジェクトマネージャー(PM)は国境を越えた「すり合わせ」という、課題に直面しています。特にベトナム拠点に常駐するPMは、日本側と現地ベトナム人チームの間に立ち、異なる文化と価値観の板挟みになることが少なくありません。
本稿では、ベトナム拠点PMが直面する具体的な苦労と、その解決策について解説します。
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1.苦労の源泉:「仕事観」と「時間の使い方」

ベトナムと日本では、仕事やプライベートに対する考え方が大きく異なります。この価値観のギャップこそが、PMが最も苦労する「すり合わせ」の根幹にあります。
ベトナム人エンジニア
- 家族・プライベート優先: ベトナムでは「家族を大切にする」という価値観が非常に強く、定時以降は自分の時間や家族との時間を最優先します。
- 残業は例外: 残業は特別な事情(例えば、リリース直前など)を除いては行わないのが一般的で、残業代も日本より割増率が高い(150%〜)ことが背景にあります。
- 仕事と生活の分離: 仕事はあくまで生活を豊かにするための手段であり、生活と仕事を明確に切り分けます。
日本人側
- 自己犠牲もいとわない: 納期や品質のためであれば、残業や休日出勤もやむを得ないものと考える傾向があります。
- 責任感とホウレンソウ: 成果を出すために「頑張る」ことが美徳とされ、進捗に遅れがあれば、自己犠牲を払ってでもリカバリーしようとします。
- 曖昧な指示と期待: 「いい感じに進めてね」といった曖昧な指示や、「言わなくてもやってくれるだろう」という暗黙の期待が、コミュニケーションの齟齬を生み出すことがあります。
この違いにより、日本側が「残業してでも間に合わせよう」と指示しても、ベトナム人チームには「なぜそこまで?」という疑問が生じ、モチベーションの低下につながることがあります。
2.ベトナム拠点PMが直面する「板挟み」のリアル

これらの違いは、以下のような形でPMを板挟みにします。
納期のプレッシャーとチームの抵抗
- 日本側からは「絶対に納期厳守」というプレッシャーがかかる一方で、ベトナム人チームは定時退社を基本とするため、スケジュールに無理が生じます。
- PMは、日本側に状況を説明しつつも、チームのモチベーションを維持するために、一方的な残業指示を避ける必要があります。
品質への意識のギャップ
- 日本側が求める細部へのこだわりや品質基準が、ベトナム人チームに伝わりきらないことがあります。
- 「完了」の定義が異なるために、手戻りやバグが発生し、PMがそのギャップを埋めるための調整に追われます。
非同期コミュニケーションの課題
- 時差はわずかですが、日本とベトナムの勤務時間終盤に連絡が集中し、ベトナム側は定時後に対応を求められることに不満を感じることがあります。
- PMは、日本側のメッセージをベトナム語に翻訳し、意図を正確に伝え、チームの意見を日本側にフィードバックする、という通訳以上の役割を担います。
3.解決策:共創と信頼を築く3つのステップ

この課題を乗り越えるためには、一方的な指示ではなく、双方の文化を理解し、尊重する姿勢が不可欠です。
ステップ1:透明性と計画の共有
曖昧な指示や暗黙の期待をなくすことが第一歩です。
- 「なぜやるのか」を共有する: ただタスクを振るのではなく、そのタスクがプロジェクト全体の成功にどう繋がるのかを丁寧に説明します。チームは目的を理解することで、主体的に動くようになります。
- 明確な計画の策定: WBS(作業分解構造図)などを用いてタスクを細分化し、各工程の作業時間と責任範囲を明確にします。これにより、無理なスケジュールを避け、予期せぬ残業を防ぎます。
- 「報連相」の文化をアップデート: 日本の「逐一報告」ではなく、「進捗が可視化されたら次の作業に移る」など、ツールの活用(Backlogなど)を通じて、非同期でも円滑な情報共有ができるようにします。
ステップ2:ベトナムの働き方を尊重する
日本側のやり方を一方的に押し付けるのではなく、現地の文化を理解し、適応することが重要です。
- 定時内の生産性を高める: 無駄な会議をなくし、集中して作業できる時間帯を確保します。
- 「頑張り」を可視化する: ベトナム人チームの努力を正当に評価し、チームへの感謝を定期的に伝えることで、信頼関係が深まります。
ステップ3:現地PMの役割を再定義する
ベトナム拠点PMは、単なる管理職ではなく、両文化の「ブリッジ」としての役割を果たす必要があります。
- 文化通訳者となる: 双方の考え方を理解し、誤解を解き、本質的な意図を伝える役割を担います。
- 権限と責任の委譲: 細かな指示を減らし、チームメンバーに権限と責任を委譲することで、彼らの自律性を高め、プロジェクトへのオーナーシップを醸成します。
日越間の「すり合わせ」は、単なる文化の違いを乗り越えるだけでなく、プロジェクトマネジメントの本質を問い直す機会でもあります。ベトナム拠点PMがこの板挟みを乗り越えるには、両文化の間に立ち、共感と信頼を基盤とした新たなマネジメントスタイルを確立することが求められます。
井上 拓也(ベトナムオフショア開発協会 理事)
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